カズオ・イシグロ氏の名言『小説の舞台や時代は動かせる』【文学白熱教室】




カズオイシグロ氏のデビュー作『遠い山並みの光』と第二作『浮世の画家』は評判が良かったのですが、二作とも日本が舞台なので、どうしても日本特有の話という風に読者にとらえられてしまいました。

そこでカズオイシグロ氏は三作目の『日の名残り』であるチャレンジをします。

舞台を1920年代のイギリスに動かして、小説を書いてみることにしたのです。

結果的にその試みは成功し、小説を書くときに舞台や時代は動かせることに気づくことになります。

『文学白熱教室』でカズオイシグロ氏が話した内容から引用していきます。

物語の舞台は、動かせる



私の物語はもっと広い範囲に当てはまると、みんなに気付いててもらえた。

また、私はあることを発見した。

物語の舞台は、動かせるのだと。

舞台設定は物語の中で重要な部分じゃない。

これに気付いたあと、舞台設定を探すのが難題になった。

あまりに自由になってしまったからだ。このところ、これにかなり悩まされている。

舞台設定をためらい、場所を決めるのに長い時間を費やしてしまう。

物語をいろいろな舞台へ、世界中の様々な場所、様々な時代へ移せると分かってしまったからだ。

ジャンルだって変えられるだろう。

SFにも、中世の怪奇小説にも、推理小説にだって仕立てられる。

 



良いアイデアかどうかを見分ける方法

そこで私が心がけているのは、そのアイデアを、簡潔に2つ3つのセンテンスの文章にまとめること。

もしまとめられないなら、そのアイデアはいまひとつという証拠だ。あるいは、まだ熟してない。

それでも私は想い付いたアイデアを、2つか3つ、長くても4つのセンテンスにまとめようとする。

ノートに書き留めたアイデアを見返して、その短い文章だけで、アイデアの発展性や、湧き上がってくる感情があるかどうか、確かめる。

短い文章に、私を悩ませたり、私を刺激したりするような世界が広がっているかどうか、確かめる。

あらすじ以上のものがないと駄目なのだ。

これなら物語を作り上げられる、と思うような物じゃないと。

往々にして、アイデアというものは、時代や場所が決まっているわけではない。

抽象的で、なんとかの話である、ぐらいから始まる。

私の三冊目の本(日の名残り)は、こんな風にまとめられる。

 

「完璧な執事になりたがっている男の話で、私生活やそのほかのことを犠牲にしてまで、完全無欠な執事になりたいと願っている」

 

これがアイデアだ。

舞台は、日本に設定することも可能だし、四世紀前の設定でもいい。

現代でもいいし、未来の設定にしてSFかファンタジー小説にしてもいい。

 

小説を書くことの自由さによる苦悩

こうしてアイデアがどんな舞台にも動かせると知ったおかげで、困ったことになった。

まるで高級なレストランに行って、メニューを見て、何を選んでいいのか分からない状況と同じなのだ。

だから私はいつも選択を迷っている状態にある。

舞台の選択肢があり過ぎてだ。

少なくとも、これがここ20年間、大きな負担となっている。

良いと思えるアイデアが浮かんで、書く意欲は湧いているのに、舞台をどこに設定すればいのか決められない。

 

「わたしを離さないで」は2回書き損じていた

実は、『わたしを離さないで』は2回書き損じているんだ。

ロケハンが終わって、舞台設定はもう決まったと書き始めたが、どうもうまくいかない。筆が進まなかった。

舞台設定が悪いんじゃないか、と思った。

『わたしを離さないで』では、舞台設定は3回目でやっと決まったんだ。

SF小説にしようとね。

何らかの理由で、若者たちが、ある意味老人のように命に限りがあるという設定の物語が書きたかったからだ。

 

カズオイシグロ氏が「文学白熱教室」で語っていたことの感想

カズオイシグロ氏が、小説が自由過ぎることを高級レストランで例えてたんですけど、僕が以前例えた高級バイキングの例えとほぼ一緒なんですよね!

いやあ、これは嬉しいですね。ノーベル賞作家と例えがかぶるという。

小説のアイデアの生まれ方 ~第3回~「アイデアは制約から生まれる」はコチラ

 

また、『わたしを離さないで』を最初に読んだときに、「どうしてSFの形式を使ったのだろう」と不思議だったのですが、こういう理由だったんですね。

つまり、最初はSFでも未来の話でもなかった。

ただ、『私を離さないで』を何度も書き直しているうちに、SFの形式を採用することで一番物語が面白くなり、テーマも伝えられると考えるようになった。

舞台や時代が決まるのは、最後の最後なんですよね。

設定が自由過ぎていくらでも候補が浮かんでしまうときの決め方として、カズオイシグロさんはいくつかのセンテンスを書いてみて、想像力が湧くかどうかで決めると言っています。

貴志祐介さんは、実際に何通りものパターンでプロットを最後まで書いてみて、一番面白いものを採用するというモンテカルロ法を使ってますね。

 

貴志祐介のプロットの作り方はコチラ

 

カズオイシグロさんって寡作で、作品数が少ないんですけど、舞台や時代設定に頭を悩ませていたからだったんですね。

ただその結果、一番面白い設定にたどり着いた作品ができ上がるので、傑作になるのだと思います。




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