2015年8月16日にNHKで放送した『文学白熱教室』という番組で、カズオ・イシグロ氏が小説を書き始めた理由を語っていました。
それにはまず生い立ちが関係しています。
カズオ・イシグロ氏の発言を引用していきましょう。
目次
カズオ・イシグロ氏の生い立ち【文学白熱教室】
私は九州の長崎に生まれ、5歳になるまで九州の長崎に住んでいた。
もちろん、当時は日本語しか話さなかったし、住んでいた家も、畳とかそういったものがある典型的な日本家屋だった。
5歳の時に両親と一緒にイギリスに引っ越し、イギリスの学校に通った。
15歳になるときまで、ずっと日本に帰るものだと思っていた。それが両親の予定だったからだ。
だからイギリスに永住はしないと思いながら育った。
いつか、日本に帰るのだと。だから、私が日本と呼ぶところのかけがえのない場所が、いつも頭の中にあった。
それは記憶に基づいている。
私が幼いころの記憶だ。それには、イギリスで日本について読んだことや、両親に聞かされたことが混ざっている。
もともとは、カズオ・イシグロ氏と家族は、日本に帰ってくる予定だったんですね。
それが予定が変更になり、イギリスに住み続けることになります。
カズオ・イシグロ氏が小説を書き始めた本当の動機について
こうして私が日本と呼ぶ世界に思いを巡らせて私は育った。日本の現実からかけ離れていたと思う。
その頭の中の世界は、飛行機に乗っても行くことができない。
気付いたのは、それだけじゃない。年を重ねるにつれ、この世界が薄らいでいくことに気が付いた。記憶とともに。日本という世界が、薄らいでいったのだ。
当時小説にはあまり興味がなく、ロックの音楽に興味があった。
ただ突然23,4歳の頃、フィクションを書きだした。
私が頭で描いた日本を舞台に、フィクションを書いた。
現実の日本をリサーチする気はさらさらなかった。
私はただ、この秘密裏に残していた、個人的でかけがえのない日本を紙に書き記したかったのだ。
それが小説になろうと思った本当の動機だった。
小説に書くことが、私の世界を、安全に保存する方法だったからだ。
もちろん、小説を書くわけだから、いろいろなテーマや社会問題を盛り込むこともした。
ただ、根底にあった動機は、薄らいでいく記憶を保存したいという思いだったのだ。
→小説を書くときに役に立つ道具まとめ【執筆環境・パソコンソフト・ノート】はコチラ
小説は自分の世界を保存できる一つの場所
小説というものは、フィクションというものは、自分のために存在する世界を保存できる一つの場所だと思う。
そこに感情や情景を詰め込むことができる。
小説ならば、自分の情緒的な日本というものを留めることができる。それが私の出発点となったのだ。
フィクションを書くことで、こうして世界を作り出すことができる。
自分の心や、頭の中にある内なる世界を、人が訪れることができるような具体的な世界を外に作る方法だ。
そうすれば、私は安心できる。もう心配しなくてもいい。
私の日本は、そこに安全に保存されることになるからだ。
小説というものの中に。
カズオ・イシグロ氏の発言の感想と小説のテーマの見つけ方
自分の大切な記憶を忘れないようにするために、小説を書き始めた、という理由は感銘を受けました。
僕たちは、いろいろなことを忘れながら生きています。
その中には、絶対に忘れたくなくて、なんとかして記憶に留めておきたいこともあるでしょう。
カズオ・イシグロさんの作品って、毎回「記憶」がテーマなんですよね。
登場人物は過去を回想して、懐かしんだり後悔したりしながら、生活していきます。
記憶や体験を保存する方法って、いろいろあると思うんですけど、例えば写真とかビデオですよね。
旅行に行ったときに写真を撮る。
ただ、写真の保存方法だと、そのときどんなことを考えていたのかとかという「感情」や写真と写真の繋がりに何が起こったのかという「物語」を保存できないんですよ。
あと、一緒にいたメンバーとどんなことを話していたのかという「会話」も写真では保存できませんね。
ビデオなら「会話」も保存できるかもしれませんが、「感情」は無理ですね。
もっと言うなら、写真やビデオだと、「空想」が保存できないんですよ。
例えば、旅行に行ったら雨だったとします。
でも、もし今日晴れていたら、違うアクティビティをしていて、今回とはまったく違う旅になったかもしれない。
旅行中にそんなことを考えたとします。
そういう考えも、小説ならば保存できるんです。
NINTENDO64の「スーパーマリオ64」というゲームがあって、すごく好きだったんですけど、小説ってそれに近いのかなって少し思うんです。
自分だけの箱庭の世界を作ることができて、一度作ると何度でもその世界で遊ぶことができる。
さらに、その世界に友達を呼んで遊んでもらうこともできる。
小説に何を書いていいかわからない人は、今まで体験したことで忘れたくないことを、感情でも会話でも風景でも出来事でも出会った人でも、とりあえず断片的に書き留めておくのがいいかもしれません。
それが物語として広がっていけば、あなただけの世界と、小説ができあがっていくでしょう。
●おすすめ関連記事まとめ
→カズオ・イシグロの小説の書き方【短期間集中・クラッシュについて】
→カズオ・イシグロ氏の名言『小説の舞台や時代は動かせる』【文学白熱教室】
→カズオ・イシグロ氏『夜想曲集』の感想・あらすじ・舞台・おすすめ作品
→小説のアイデアの生まれ方~第1回~「実体験に嘘を混ぜる」はコチラ
コメントを残す